関係年表
鎌倉時代 | 『神鳳鈔』に「囗王殿一身田」の註記有り、斎王に賜った田 だった か、一身田村が神宮領荘園になったのはそのためか | |
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このころまでに3町が伊勢神宮の御厨になる | |
一御田神社棟札により集落の存在と、宮座の組成が 知られる | ||
真慧、伊勢国に入国か | ||
真慧、一身田に寺院(無量壽院)を建立と伝える {実は文明(1469-87)の初年か(「川北道場縁起」)} |
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一身田御厨から内宮への上分米2石、蔵田家 への寄進米7石が納入 (御師蔵田国弘書状案) |
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真智、住持職安堵の室町幕府奉行人連署奉書 申し受ける(天文12年にも申し受ける) | ||
堯慧上人、無量壽院に入る。”専修寺”と呼ばれるようになる | ||
一身田御堂焼失 | ||
再建御堂落成 | ||
この頃「寺内」の呼び方が見られ、寺内町が成立していたと考えられる | ||
豊臣秀吉、専修寺へ寺領を350石寄進 | ||
大火により伽藍炎上 | ||
藤堂高次、専修寺に土地を寄進 橋向町に水茶屋25軒公認される |
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御影堂再建 | ||
山門落慶 | ||
如来堂建設始まる | ||
如来堂落慶 | ||
この年までに太鼓門完成 | ||
勧学堂建設される | ||
通天上棟 | ||
唐門上棟 | ||
御廟惣門完成 | ||
御廟唐門・瑞垣・拝堂建設 | ||
如来堂昭和大修理落慶 |